さじろーどっとねっと
<コンサルタント的コメント>

コンサルタントとして、業務に携わる中で感じたことを書いています
これが、コンサルタントだ!
(2000/02/18-23:59:24)
私は現在、コンサルタントを目指しています。

このページのタイトルは、“ワンランク上のエンジニア”ですが、私はコンサルタントを目指してがんばっております。

そこで、今日はなにを覚えてきたかというと、コンサルタントの使命であります。っというのも、私自身、コンサルタントは偽善者か?っと思っておりました(それでも目指していましたが)そんな時、我が社の副社長と話しをする機会がありました。

その人いわく、エンジニアは、デジタルで話をする。コンサルタントは、アナログで話しをするんだ。コンサルタントには、0,1以外の答えがある。それは、心なんだ。

こんな感じの話である。私が抱いていた、”この会社に納得するものが無い”ってのがこの副社長である事に気がついた。

しかし、コンサルタントは偽善者かもしれない。どんな内容で、どんなソリューションを提供できるのか、一ヶ月、数百万円のコンサルタントが何をしてくれるのか、私の中ではなんとなく解ってきた気がします。

ソリューションの提供は、心の提供であります!

私の会社の機密情報!
(2000/02/19-00:15:14)
こんなタイトルですが、こんな事は書けません!

と言うのも、会社の情報をいっぱい握っています。そして、お客さんの情報も握っているのです。

前回の会社では、ERPをやっていました。その関係上、パートナーの一覧や、顧客情報、会計の情報、社長の給料まで分かってしまうのです。

システムの開発をやっている人間では、某大手デパートのカードのシステムの開発をやっている人間がいました。データ数は3万件あるそうです。事実上の顧客情報なんですが、名前と生年月日がわかれば、電話番号から住所、家族構成、何を買っていたかがわかるといっていました。

私の会社では、帰る時にはロッカーに鍵をかけます。もちろん、オフィスに入る時は、カードキーがいります。セキュリティーは優れていますが、なんだか面倒なのです。でも、これが一流企業なんでしょうねe_e)

引き抜き?
(2000/03/04-00:02:11)
私は外資の会社で働いている。そのため引き抜かれた人材が多く入ってくる。ま?この世界では当たり前の事なのだが、引き抜きが日常的である。

しかし、今回問題なのは、引き抜いた人が何人か一緒にきてしまうケースである。つまり、ある会社から引き抜かれた数名ってことになる。そのため、今まで仕事をしていたメンバーがないがしろにされる。

っというよりも乗っ取られるようなケースがある。ま?そのつもりはないんだろうが、結果的にそうなってしまう。私もこの会社にいてここまで引き抜きする会社も珍しいって気がしてしまう。

それも大手の人間ばかりなので、知れた顔なのである。ちょっとこれからの動向が気になってしまう。

私のような、非エリートは大変なのである。雑草魂をみせてやろう!

コンサルタントに机は要らない?
(2000/03/23-20:20:07)
以前会社の上司が言っていた言葉である。

「コンサルタントに机は要らない」

しかし、この言葉の意味が私は解らなかった。それが最近ようやく解ったきた。

つまり、ある仕事でお客さんの所に行く、その回数がだんだん増える。そうすると週に1回で月額契約をしたほうが計算が楽になる。そんな感じで進んでいくと、半年契約で2400万円でって話になるのである。

これがコンサルタントの場合、お客さんのインフラ、システム構築、導入案、もっと言えば、経営コンサルの話まで出来るのである。

どうなってくると、会社としては派遣と変わらないが、その金額がべらぼうに高いのである。しかし、その高い金額でもその人材(その人間のアイデア)が必要であった場合、そこにお客さんはお金を払うのである。

そうすると客先に自分の席が用意される。そしたら、会社に出社する必要性が無くなるのである。そんな訳で、「コンサルタントに机は要らないのである」

仕事が忙しいはうれしいこと?
最近はとても忙しい・・・

これは会社が忙しいのではなく、私が忙しいのである。世の中、仕事が忙しいうちが華というが、現時問題として、忙しすぎるのも問題である。

私が忙しいと書いたが、暇なひとはたくさんいるのである。彼らが私の部下であるならば、不可分散をするのだが、私の部下ではないのでお願いしなければならない

それはそれでめんどくさい話なのである。

しかし、仕事ができるから忙しいのだろうか?まわりの暇な人たちは暇であることに劣等感はないのであろうか?

私は忙しい生活はあまり好きではない、なぜなら自分のスキルアップをする時間を取れないからである。でも、時間があるといってスキルが上がるかというと、それも違う話なのである。

人間には適度な忙しさは必要だが、それ以上の忙しさは、時間の浪費であると思う。

ま?暇な人たちよりは良いかもしれないが・・・

外人的プレゼンテーション?
先日海外出張に行ってきました。本社に行って海外の導入事例やトラブル報告を聞いて、ディスカッションしようって企画です。私たちはたいした事例を持っていないので、になってしまったと思います。

そんで海外の参加者はというと、たいした内容ではないが自身満々で話をします。トラブルの報告など一切無く、俺の話を聞けといわんばかりです。これかアメリカ人やヨーロッパの人間のプレゼンか?と思ってしまう訳です。

日本人もこれくらいのプレゼンができるようにならなければと思ってしまいます。

ちなみに私は雑談程度の英語はできるので、結構自身がありましたが、いざ、話をはじめると以外に続かないものです。もちろん日本語であれば簡単にできるのですか、英語を話しつづけるというのは意外に大変でした。

次は負けないプレゼンをしなければと思って帰ってきました。

負けない提案のすすめ
私は提案前をしない。しかし、負けてしまうときがある。それが金額であったり、会社の都合であったり、接待だったりする。営業は売れてしまえば問題ないようだが、SEやコンサルは祖も行かない。

自分の出した提案に対して責任があるのである。予定どおりのパフォーマンスであったり、気のであったりするのである。しかし、提案はそれだけでは勝てない場合がある。

私の友人は、固い提案をつくる。それはそれで良いのだが、それだけでは勝てない。それは本人も理解してるので問題は無いが、それだけでは面白みがない。

しかし、オタク的な提案では均等に勝つことが出来ない。一発マン馬券でも良いかも知れないが、信用が作れないのである。信用を作るためにはコンスタントに成果を出す必要があるわけです。

前置きが長くなってしまったが、負けない提案が必要になってきます。

負けないは、勝つではありませんよ。負けないは勝てないときでも次につなげることだと思います。

次があれば、そのときは勝てるかもしれません・・・

あなたにしか出来ない仕事はありますが?
私は自分で無ければ出来ない仕事をたくさんもっている。

それは自慢話ではなく、ビジネスマンとして必要な話である。もちろん戦略もある。会社での地位を作るためには回りに教えない。これもトップビジネスマンだと思う。

しかし、本当にそれでよいかというとそれも違う。自分だけではお客様にたいして迷惑がかかることがある。必要な情報は回りにも提供しなければならない。

ここで大切なことだが、自分は常にトップでなければならないのだ。つまり全部を説明することは無いのである。それは教えられた方も当然理解していなければならない。

以降は自分で勉強するのである。逆を言えば、教えられたことはその人の全てではないということである。以降は自分で勉強しなければならないのである。

そうしないとトップを守ることは出来ないのだ・・・

困る仲間と仕事をしますか?
私は仕事の対象がかなーり広いのでいろいろな仕事を回される。

人間の性能向上で書いているが、基本能力の高い人間は何をしてもうまくいくのである。それでも人間には限界がある。それは時間の限界である。

私個人は一人しかいない。これは当たり前のことだが、私にしか出来ない仕事と誰でもできる仕事がある。

つまり私にしか出来ない仕事は私がやるしかない。しかし、これがあまりにも多いと限界を感じるのである。私はどうすればよいのだろうと感じてしまうのである。

どうにもならないことも解かっている。技術的なことを説明すればできるのであれば問題ないが、そういう話でもない。どうしたものだろうか?

あほの説明するのは不可能だし、だからといって能力の低い人間でどうにかなる話ではない。どうしたものだろうか?

優秀な人間はいない・・・だれがどうすればという話なのである。

王と飛車だけで将棋をしているような気分である。とても守りきれるものではない。大変な話だ・・・

尊敬できる仲間はいますか?
転職経験の多い私は、いろいろな意味で多くの人と出会ってきました。やはりその中でも抜けている存在の人はいます。その人たちと仕事をしていると、やっぱりこの人間と仕事をして良かったと感じます。

私の個人的能力はけして低くは無いと思いますが、それでも上には上がいるな?と感じる場面があります。私のポリシーに「行き着くところはどこでも人間」というのがあります。私たちのような職業でも、売るのも人間、買うのも人間、作ったのも人間、使うのも人間なのです。

結局、どこに行っても人間なんです。そして最も人間にとって大切なものは人間なんです。だからこそ人間としてのポリシーをもって大切な仲間を増やすことこそ大切なのではないかと思うのです。

ビジネス!!解ってる?
最近、ビジネスってことが解らない人間が多い!

自分の主張ばかりで逃げ腰で、何を問題にしているのかが解らない。自分の身を守ることとに精一杯でいろいろな周りのことが見えていないのである。

仕事は誰のためのものなのか?

トップビジネスマンを目指すのであれば、身を守ることは後回しと考えたほうが良い。なぜならば守りに入った人間な必ず弱くなる。弱くなった人間を超えることはたやすい。しかし、ポジションを越えることは難しい。

なんだかんだ言っても年功序列は残っている。時代を変えるべき人間はポジションを上げるために時間がかかりすぎる。これは単に若者と言っているのではなく。優秀な人材は打たれるのである。派閥争いだったり、たたき出しだったりするのだ。

まーようするにビジネスとは守りに入ってはいけないのである。

キーパーソンを押さえてますか?
世の中には馬鹿がいっぱいいます。もしあなたの隣の席に馬鹿が座っていたら不幸です。もし、あなたの近くにいないのであれば、あなたは幸せかも知れません。

しかし、いないことが幸せだと決められるものでもない。私は幸いなことにキーパーソンを見抜く又は、キーパーソンに好かれる性格のようです。

でも、キーパーソンてなんでしょう?

会社でもお客さんでも、学校でも家族でもキーパーソンはいます。家族の中であなたがキーパーソンであるならば、それはきっといろいろな意味で決定権がある人なのでしょうか?必ずしもそうでもありません。

結果的に決定する人がキーパーソンと思われがちですが、現実的にはそのブレーンである可能性の方が高い場合があります。つまりそれは知恵袋であり、右腕である場合も多数あるのです。

看板を持っている人が必ずしもキーパーソンではありません。

ちょっと前置きが長くなりましたが、問題はそのキーパーソンはあなたの味方ですか?ということなのです。もしあなたの味方でないならば、あなたはそこにいるべきではありません。味方であるならばあなたは幸せです。

現実的にキーパーソンを見抜けない人は能力がないと判断されます。当然、能力のある人間と馬鹿の区別がつかないからです。キーパーソンを押さえるということはビジネスに限らずかな?り重要なことだと思います。なんだかその他のスキルで書けそうな内容になってきましたね^^)

人間として仕事をしていますか?
私は人間である。多分皆さんも人間でしょう。しかし少数ですが人間ではない人がいます。ごくわずかだと思いますが・・・

たとえば、あなたの同僚が重病で入院してしまったとしましょう。そのときあなたは何を初めに考えますか?「仕事が余計に忙しくなる!」と思うでしょうか?

人間として考えてみれば、大丈夫だろうかと思うのが普通でしょう。正しいのか解りませんが、そういう人がいるんです。上司であった場合に部下を「」としか考えない人間がいるんです。悲しいことです。

それでも意外にそういう人が上司から評価が高かったりします。おかしな話です。人間としてのビジネスというこをなんども書いていますが、それがまったくない人もいます。

心を大切にしないビジネスは必ず失敗するときがくると私は思っています。

イラナイ?イル?仲間?ビジネスな友達?
年月が経つと仲間が必要になってくる。これは単なる遊び仲間ではなく。ビジネスとしての仲間である。たったこれだけの仲間であるが作るのはとても難しい・・・

私も最近、そういった仲間ができつつある。これはやっぱり経験なんだろうなと思う。普通に仕事をしていたらできない仲間が少しづつできてきたのである。

しかし!これを持続することはかな?り難しい。作るのも難しいが、継続するのも難しい!それでも今後のことを考えると、こういう仲間は絶対的に必要である。これがなければ私のビジネスは終わってしまうのではないかと思う。

仲間という言葉を使っているが、平たく言えば「ビジネスパートナー」である。当然、信頼できる仲間である。私はそういう人に恵まれているんだろうなと感じる・・・

忘れられない記憶はありますか?
私はいくつかの感情の中で忘れられない思いがあります。かなり個人的な感想だと思いますが、悔しいは消して忘れることの出来ない感情ではないでしょうか?

楽しい、むかつく、面白い、悲しいどれもこれも忘れられます。でも、悔しいは忘れることが出来ません。

悔しいはある意味怨念です。怨念で人を殺すこともあります。怨念は全ての感情の中で最強ではないでしょうか?

逆を言えば、悔しいはバネになります。悔しい思いをしたことの無い人は、やっぱりイマイチな気がします。

雑草魂では無いですが、落ちることも必要だと思います。落ちすぎるのも問題ですが・・・

仲間はいますか?
私は人間に恵まれていると感じるときがあります。なぜなら私の回りには優れた人材と思いやりのある仲間がいるからです。

これはとてもかけがえのない関係です。私の人生がそうであるように皆さんの人生も同じかも知れません。一番大切なものは仲間です。

これはには家族も同じかもしれません。大切なことだと思います。

人生はけして一人では生きていけません。それは当たり前のことなのです。かならずいろいろな人と接してそしてその人生を共有しているのです。

だからこそ人間の関係は大切なものであるのです。お米を作る人がいるから私のご飯を食べられるのです。いなければ私は何を食べればよいのでしょう?

しかし、仲間でない人もいるのです。この辺の問題がいっぱいあるわけです。自分のことしか見えない人間がいっぱい射るのです。

皆さんもぜひ大切な仲間を見つけて、そして、その人との関係を大切にしてください

仕事は楽しいですか?
ギャンブルと仕事は共通する部分が多いように思います。なにが似ているかと言えば、波があるところでしょうか?

仕事がうまくいっている時は、何をやっても、失敗しても、忙しくても楽しいものです。ギャンブルも同じで勝っているときは楽しいものです。しかし、そうもいかないのがギャンブルであり、仕事です。そんな時はどうすれば良いのでしょうか?

大抵のことは、つまらないでしょう。多くの人は上司や会社に不満があるでしょう。それでも会社にいることは必要なのでしょうか?

芸と金は反比例ではありませんが、比例することを求めていてはうまくいかないでしょう。それが芸人というものかも知れません。苦しい時になにができるのかで人間が決まるようにも思われます。

しかし、限界はあるので、限界が見えたら会社を辞めましょう。もちろん頑張ることは必要ですが、芸人としての意地があればすがりつく必要はないと思います。人生は一度きり!やりたいことを思いっきり実効して悔いの無い人生になれば、失敗しても良いのではないでしょうか

悔しい気持ちはありましたか?
私はとても悔しい思い出があります。

それは私が社会人になって半年くらいの時です。その頃は会社のこともなんとなく解ったような気分になって、やがて会社へのバッシングが始まる時期です。そんな中で私も会社の批判をいろいろしました。

そんな時に私の上司である課長が私に言いました。「おまえの変わりはいくらでもいる。自分の意見が言いたければ結果を出せ!」

この言葉を聞いて、はらわた煮え返るとはこのことだと思うほど頭に来ました。当時の私は自分の経験に自信を持っていましたし、自分の能力にも自信を持っていました。

それは自分の経歴を根底から否定された気分でした。

私は悔しくて悔しくて、いつかこいつを見返してやる!といった感情が出てきました。結果その会社に3年ちょっといました。しかし、その課長が私が辞める時にこんなことを言いました。

「おまえはドル箱だった・・・」

人それぞれいろいろな愛情表現があるものだなと今になって感じます。これを読んでいる皆さんも誤解しないてほしい。どんな表現でも、その人の愛情があるのかを考えてもらいたい。私は前に書いたように人に恵まれています。それが私を支えている大切なものだと思っています


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